一生の間に読んでおきたい海外文学100+10選
『キリキリソテーにうってつけの日』という海外文学を紹介するブログの中で、「エぺぺする」という言い回しがときどき用いられています。これは元々カリンティ・フェレンツというハンガリー作家の小説のタイトル『エぺぺ』から来ていますが、ブログの中では、《玄人から紹介された本を読んでみたものの、訳が分からなくて嫌いになってしまう》ほどの意味で使われています。
たやすくエペペしてしまうような難解な本を人に紹介するのはいかがなものか、という問題意識がこのブログの著者にはあり、実際それはまことに正当な配慮です。
しかし、ここは文学研究サイトですので、エペペさせてしまうことを恐れず、あえてエペペ率の高そうなものも含めて海外文学の読書リストを作成してみました。参考にしていただければ幸いです。
(なお、1作家1作品を基本としています。)
「古典中の古典」(★印はエペペ率高し)
1 ホメロス『イリアス』★
2 ダンテ『神曲』★
3 ミルトン『失楽園』★
4 セルバンテス『ドン・キホーテ』★
5 シェイクスピア『ハムレット』
6 ゲーテ『ファウスト』
7 アベ・プレヴォー『マノン・レスコー』
8 エドモン・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』
9 ボーマルシェ『フィガロの結婚』
10 フローベール『感情教育』
11 オースティン『高慢と偏見』
12 イプセン『人形の家』
13 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』★
14 レフ・トルストイ『アンナ・カレーニナ』
15 チェーホフ『三人姉妹』
16 ガルシア・ロルカ『血の婚礼』
17 魯迅『阿Q正伝』
18 トーマス・マン『魔の山』★
簡単な解説:『神曲』は楽しく読むこともできるかもしれませんが、百科事典を読んでいる気になってしまう可能性もあります。シェイクスピアの中から一作を選ぶとすると、この種のセレクションでは大抵『ソネット集』が挙げられるものと相場が決まっているのですが、あえて『ハムレット』にしてみました。7~9番は教科書などにも載っているほど有名で、尚且つとても面白いので、入れてみました。16番はいま考えると入れなくてもよかった気がしますが、スペイン文学が少ないので、まあ調整弁ですね。
「14歳から114歳まで楽しめる」
(☆印はエペペ率やや高し)
19 サン=テグジュペリ『夜間飛行』☆
20 マーク・トウェイン『トム・ソーヤの冒険』
21 フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』
22 カズオ・イシグロ『日の名残り』
23 シュペルヴィエル『海に住む少女』
24 カレル・チャペック『ロボット(R・U・R)』
25 シェンケーヴィチ『クオ・ヴァディス』
26 レベッカ・ブラウン『体の贈り物』
ここでは筆者の好みを前面に押し出してみました。サン=テグジュペリは何と言っても『星の王子さま』が有名ですが、この『夜間飛行』(新潮文庫には「南方郵便機」も収載されています)や『人間の土地』も素晴らしいので、是非読んでいただきたいです。堀口大學訳は名訳とはいえ現代人の目からするとやや古めかしさを感じてしまうので、個人的には新訳が出るのを期待しています。21番はとびきり素敵な小説。宮崎駿監督の『ハウルの動く城』が好きな人ならイチコロですね。
「そろそろエペペしちゃいそう…」
27 ソーントン・ワイルダー『わが町』
28 ミハイル・ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』
29 イスマイル・カダレ『誰がドルンチナを連れ戻したか』
30 ガルシア・マルケス『百年の孤独』
31 ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
32 ポオ『ポオ小説全集』
33 ボードレール『悪の華』
34 デイヴィッド・ベズモーズギス『ナターシャ』
35 ユルスナール『東方奇譚』
36 マイリンク『ゴーレム』
37 ホフマン『イグナーツ・デンナー』
38 ディドロ『ラモーの甥』
39 アポリネール『オノレ・シュブラックの失踪』
40 グラス『ブリキの太鼓』
41 エミリ・ブロンテ『嵐が丘』
42 ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』
43 ドーマル『類推の山』
44 蒲松齢『聊斎志異』
45 カルヴィーノ『不在の騎士』
46 ラーゲルクヴィスト『バラバ』
47 コッパード『消えちゃった』
48 ジョージ・オーウェル『一九八四年』
49 ケルアック『オン・ザ・ロード』
50 ゴールディング『蝿の王』
51 シュウォッブ『少年十字軍』
52 サマセット・モーム『かみそりの刃』
53 カゾット『悪魔の恋』
54 ヤセンスキー『主犯』
そろそろ厄介な作品も多くなってきましたが、そのぶん魅力も大きいです。29番は日本ではそれほど知名度がないものの、世界的には超が付くほど有名です。ポオは一作を選びきれなかったので、全集にしてしまいました。『嵐が丘』をドストエフスキーの小説と比較する人がいますが、これはそれほど激しい物語です。カルヴィーノは好き嫌いが分かれますが、『不在の騎士』は読みやすい部類です。46番は実は未読なのですが、熱烈にこの作品を推す友だちがいて、私はその人の言うことを信頼しているので、ここに入れました。52番はこの著者にしてはマイナーな作品だと思われるかもしれませんが、こういうセレクションではよく名前が挙がります。カゾットは幻想文学の世界で非常に著名。フランス幻想文学の祖と一般に称せられるノディエと迷いましたが、日本での認知度が低いと思われるカゾットの方を列に加えました。
「いよいよエペペしちゃいそう!」
55 パヴィチ『ハザール事典』
56 アンジェイェフスキ『天国の門』
57 ソローキン『ロマン』
58 ナボコフ『青白い炎』
59 スターン『トリストラム・シャンディ』
60 ロートレアモン『マルドロールの歌』
61 レーモン・ルーセル『アフリカの印象』
62 ボルヘス『伝奇集』
63 フォークナー『響きと怒り』
64 カフカ『審判』
65 リルケ『オルフォイスへのソネット』
66 ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』
67 パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』
68 トム・ストッパード『コースト・オブ・ユートピア』
69 ヴヴェジェンスキー『イワーノフ家のクリスマス』
70 オールビー『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』
71 パスカル・キニャール『辺境の館』
72 ウォルポール『オトラント城奇譚』
『天国の門』はもうそろそろ皆に読まれていい小説。これまでこの作品の素晴らしさを色々なところで宣伝してきましたが、誰にも読んでもらえません。59番はとても有名な小説で、意識の流れとか脱線とか〈図表〉(ここでは文字以外のものと考えて下さい)の挿入とか、二十世紀以降に表面化した手法の多くは遡ればここに行き着くと言われます(と書くといい加減な放言になりますが)。でも重要な点は、読んでいて楽しいこと。ルーセルはこのセクションに入れてしまいましたが、次の「エペペしちゃいな!」でもいい。独特の「手法」を用いて創作を行った人で、シュルレアリスムに近いと言えるかもしれません。
「エペペしちゃいな!」
73 ドノソ『夜のみだらな鳥』
74 コルタサル『石蹴り遊び』
75 ゴンブローヴィチ『フェルディドゥルケ』
76 シュルツ『肉桂色の店』
77 セリーヌ『夜の果てへの旅』
78 大江健三郎『同時代ゲーム』
79 ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』
80 パウル・ツェラン『パウル・ツェラン全詩集』
81 ペソア『ポルトガルの海――フェルナンド・ペソア詩選』
82 ハルムス『老婆』
83 ベケット『ゴドーを待ちながら』
84 イヨネスコ『禿の女歌手』
85 ユイスマンス『さかしま』
86 エステルハージ・ペーテル『黄金のブダペスト』
87 クロード・シモン『フランドルへの道』
88 ブルトン『溶ける魚』
89 イタロ・ズヴェーヴォ『ゼーノの苦悶』
90 アルフレッド・ジャリ『ユビュ王』
91 『マハーバーラタ』
92 ムージル『特性のない男』
93 ジョルジュ・ペレック『人生使用法』
94 ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』
95 プルースト『失われた時を求めて』
96 ロレンス・ダレル『アレキサンドリア四重奏』
97 マラルメ『骰子一擲』
98 ベールイ『ペテルブルグ』
99 レーモン・クノー『文体練習』
100 スタニスワフ・レム『完全な真空』
『石蹴り遊び』は先鋭的な企みに満ちた途轍もない小説ですが、眠くなる人が続出でしょう、私のように。「海外文学」と称しながら大江健三郎の小説を入れたのは、『同時代ゲーム』にはラテンアメリカ文学の香気が充満しているからです。ベケットとイヨネスコは不条理文学の旗手で、後者の方が割と読みやすいです。イヨネスコだったら『犀』と書くべきかもしれませんが、『禿の女歌手』はそのタイトル含めて不条理文学の伝説ですから、私はこちらを推したい! エステルハージ・ペーテルは現代ハンガリー文学を代表する作家。「ポストモダン的」というとっても便利で(いい加減な)形容詞を被されることが多く、物語の常識を覆すような、新奇性のあるものを書いています。ズヴェーヴォは日本で知名度があんまりですが、海外では色んな芸術家に影響を与えているようです。映像作家のウィリアム・ケントリッジとか。91~96番は見事に未読。なぜか? 長いからです。それでもこういうリストに加えなければならないさだめの作品。
おまけ。
次に挙げるのは、いわゆる「文学作品」ではなく、「評論」のカテゴリーに入れられるべきものです。広い意味で文学を扱っているものの中から、超重要な本(+凄い!と筆者が感心している本)を厳選しました。
「エペペしないか?」
(エペペした上にフィネガンズしそうな本には♪印)
101 アリストテレス『詩学』
102 アウエルバッハ『ミメーシス』
103 バフチン『ドストエフスキーの詩学』
104 ロラン・バルト『物語の構造分析』♪
105 テリー・イーグルトン『文学とは何か』
106 トドロフ『幻想文学論序説』
107 ブルーム『影響の不安』
108 オクタビオ・パス『弓と竪琴』
109 ダムロッシュ『世界文学とは何か』
110 ブランショ『来るべき書物』♪
『物語の構造分析』には、かの有名な「作者の死」という論考が収められています。ミメーシスは「模倣」の意。『弓と竪琴』は実に滋味深い詩論。『弓と竪琴』をよりよく理解できる人になりたいし、そんな人でありたい。
2015年1月作成
2018年2月改