日本語文献解説

ここでは、日本語文献について簡単な解説をします。

 

翻訳1」はハルムス作品のみを、「翻訳2」はハルムス以外の作品も収録している書籍を紹介しています。

 

まず、「翻訳1」について。

『アグネブーシカ』5号はハルムスの児童文学作品を特集しています。同時代人の回想も短いながらも掲載されています。なおこの雑誌はインターネットを通じて入手することができます。

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『ハルムスの小さな船』は、西岡千晶による挿絵が大きく自己主張しており、やや小ぶりな絵本のような体裁を取っていますが、最後に中編「老婆」が収録されていることを忘れてはいけません。

『ハルムスの世界』にはハルムス作品で最も有名な連作「出来事」が全て収録されています。また、グレチュコによる解説はハルムス初心者にも優しく、それでいて重要な点を押さえています。翻訳も見事であり、まずハルムス作品を読むのならばこの本から始めるのがよいでしょう。

未知谷から出版されている3冊を揃えれば、ハルムスの散文作品の多くを読むことができます。

 

次に「翻訳2」について。

『あず』4号はハルムスやヴヴェジェンスキーの所属していたグループ「オベリウ」の特集を組んでおり、内容も充実しています。ただし、一部の大学図書館に所蔵されているのみで、入手は困難。

『飛ぶ教室』収録の作品は、のちに『昨日のように遠い日』に再録されました。翻訳は増本浩子とヴァレリー・グレチュコ。 

『ロシア・アヴァンギャルド5』は、8巻本のうちの1冊です。ここでは未来派の著作の多くが翻訳されています。また解説ではハルムスが俎上に載せられています。

『モンキービジネス』に掲載されているハルムス作品は、のちに『ハルムスの世界』として出版されました(「翻訳1」参照)。 

 

ここに挙げた「一般研究書」は、いずれもハルムスだけを扱ったものではなく、部分的に触れているに過ぎません。

『現代ロシアの文芸復興』と『ロシア・詩的言語の未来を読む』は論文調ではなく、少しくだけた文章であるため読みやすいかもしれません。『ユリイカ』に収録されている文章は、ハルムスの妻の回想『わが夫ダニイル・ハルムス』の書評で、のちに『トラウマの果ての声』に再録されました。風間賢二はロシア文学畑でないにもかかわらず早くからハルムスに注目、積極的に日本に紹介した功績は讃えられて然るべきでしょう。

『永遠の一駅手前』は日本でハルムスを扱った最初期の論考を収録。いくつかの作品の翻訳も試みられています。執筆は1979年で、初出は『肉体言語』10号、1980年(この雑誌は同人誌らしい)。また『海燕』1986年10月号にも再掲されているようです。日本における偉大な先行研究として、まず参照すべき本でしょう。

『熱狂とユーフォリア』所収の論文は、「身体性」をキーワードにハルムスとヴヴェジェンスキーのテキストを分析。亀山郁夫「20世紀ロシア文化の身体――序説――」(1999年)が基になっています。「魔法使いはどこに棲む?」は児童文学の文脈のなかでハルムスやオベリウに言及。『彼我等位』はザーウミの系譜においてオベリウ・グループを捕捉、一般書籍のなかでは最も先鋭的で、膨大な調査と考察のあとが窺えますが、ロシア・アヴァンギャルドについてある程度の知識や理解を前提にしているふしもあるため、やや難解に感じられるかもしれません。

また、沼野恭子『夢のありか』はロシア初の超短編アンソロジー『ジュジュカの子どもたち』(2000年)を取りあげるなかで、その源流にハルムスやオベリウを位置づけています。鈴木正美『どこにもない言葉を求めて』はハルムスを扱っているというよりは、「ポスト・オベリウ」とも呼ばれる「リアノゾヴォ」派の詩人たちを紹介する際に、オレイニコフやヴヴェジェンスキーに言及しています。

 

研究論文」は、いずれも若手研究者の手によるもの。石橋良生は1920年代後半に書かれたハルムスの「論考」について緻密で斬新な研究をおこなっています。亀田真澄の論文は、演劇の上演と戯曲テクストとの差異に着目して、ハルムスおよびヴヴェジェンスキーの戯曲を分析しています。本田登は「流動性」をキーワードにして、ハルムスのみならず、その仲間であるリパフスキー、ヴヴェジェンスキーの詩学をも分析。八木君人はかなり早い時期にヴァーギノフ研究に着手し、先駆的な業績をあげています。ちなみにこの中では、本田登の論文が一番読みやすいと思われます。

 

その他

『ハルムスの幻想』は、スロボダン・D・ペシチ監督によるセルビア映画。このパンフレットには、沼野充義や貝澤哉など、いまやロシア文学界を代表する研究者たちの若手時代の文章が掲載されています。

『ハルムスの世界』と『ハルムス入門』は、グレチュコによるハルムス案内。

『ハルムスを読もう!』は私が連載させていただいたコラムです。

『アカデミヤ・ザーウミの詩人たち』は、ロシア・アヴァンギャルドやザーウミの伝統のなかにオベリウを位置づける是非について問いかけています。ロシア・アヴァンギャルドと、それを20世紀後半に「再発見」したという「アカデミヤ・ザーウミの詩人たち」を比較した、貴重な論考。