犬、鐘、ハルムス (Собака, колокол, Хармс)

『マロナの幻想的な物語り』(アンカ・ダミアン監督)と『新しい街 ヴィル・ヌーヴ』(フェリックス・デュフール=ラペリエール監督)を先日観ました。どちらも長篇アニメーション映画ですが、非常に対照的。

『マロナ』は色彩に溢れた映像が魅力の、老若男女を問わず誰でも楽しめるだろう作品。主人公である犬の眼に映る世界が不思議に、自由に、鮮やかに描かれます。特に、まだ仔犬のときのマロナが初めて見る外の世界は不定形で、人の形さえ定まらず、うにょうにょ動いています。天地創造のとき世界はこうだったのかも、と想像が膨らみました。

 

人も樹も美しく描かれていますが、殊に夜が美しい。まるでゼラチン質のようにつややかで、手で触れたくなるほど。

 

どうでもいいことかもしれませんが、女性の描き方が総じて辛辣で容赦ないのが気になりました。監督は名前からして女性らしく思えますが、女も男もやはり同性には手厳しいんだろうか…。

一方、『新しい街』は全編モノトーンで、おそらく子どもの鑑賞には向かない渋い作品。レイモンド・カーヴァーの短篇「シェフの家」を題材に、離婚した中年男女の関係が描かれます。ちなみに、「シェフの家」はカーヴァーにしてはかなりマイナーな小説で、ぼくは知りませんでした(『村上春樹翻訳ライブラリー 大聖堂』所収)。

 

それと、『新しい街』にはもう一つ、重要な題材が隠れています。中世ロシアの聖像画家を描いた『アンドレイ・ルブリョフ』(タルコフスキー監督)です。元妻が息子と一緒にこの映画を観ています。タイトルは明かされませんが、ほぼ100%、『アンドレイ・ルブリョフ』で間違いないでしょう。『新しい街』では、この長大な映画の結末近くのエピソードに焦点が絞られていました。鐘造りの職人の息子が、大公に命じられて鐘を造る話です。

 

息子は父親から鐘造りの秘訣を教わったと言って鐘を造るのですが、完成してついに鐘が鳴ったとき、彼はさめざめと泣いて「秘訣なんか教わっていなかった」と告白します。『新しい街』の元夫婦の息子は、このエピソードを自分の彼女に語り聞かせます。「秘訣なんかなかった」と。

 

何事かを成すために必要なのは秘訣などではない。情熱なのか、努力なのか、粘り強さなのか、はっきりした答えは分かりませんが、いずれにしろ、中年の男の中では残り火のようにちろちろ揺れているだけ。

 

個人的には、海が印象的でした。波の崩れる様が脆く、冷ややかで、物悲しい。

 

以下、余談。先日大学の先生から教えていただいたのですが、9月17日(木)18時50分から、新宿のK’sシネマで映画『ハルムスの幻想』が上映されます。→奇想天外映画祭。この日ぼくは行けないと思いますが、貴重な機会ですので、時間に余裕のある方はぜひ。