はさみをもったオウム、あるいは君たちはどう生きるか Попугай с ножницами, или Как вам жить

 

『君たちはどう生きるか』を初日に観てきました。

監督は宮﨑駿。「崎」ではなく「﨑」。『未来少年コナン』以来、監督作はすべて「崎」表記でしたが、ジブリ美術館用短篇『毛虫のボロ』(2018年)で、初めて「﨑」を使用しています。したがって、今作は名義上は宮﨑駿監督の2作目、長篇アニメーション映画では初監督作品といえます。

(7月25日追記:7月25日の叶精二さんのtweetで、『くじらとり』(2001年)の最後に流れる自筆クレジットは「宮﨑はやお」であると指摘がありました。パンフレットで確認したところ、たしかにそうでした。一方、パンフレット最後のページに掲載されている、活字体のスタッフリストでは「崎」表記のまま。「崎」と「﨑」については後日書くつもりです。)

 

さて本題。『君たちはどう生きるか』の内容について、ここでは詳しく触れません。作中に出てきた包丁をもったインコのことを書いておこうと思います。

 

綺想がめくるめく展開する本作にあって、ひときわ目を惹くのが包丁をもったインコです。オウムと紛らわしいですが、「セキセイインコ」と言われていますので、どうやらインコのようです(ちなみにオウムとインコは同じオウム目の鳥)。

 

「オウムと紛らわしい」とわざわざ書いたのは、作中のインコが、かつて宮崎駿の描いた、はさみをもったオウムとよく似ているからです。(下の絵参照)

 

これは、2005年にロシアのTV番組「ПроСвет」にリモート出演した宮崎駿が、ユーリー・ノルシュテインと対談したとき描いたものです(正確な放送日は不明)。左の豚は宮崎駿本人、右のオウムがノルシュテインです。ノルシュテインは、『霧のなかのハリネズミ』や『話の話』を監督した、ロシアのみならず世界を代表するアニメーション映画監督。ふたりは古くから交流がありました。かつて販売されていたジブリ美術館のパンフレット(第2弾パンフ)の表紙に写っていたこともあります(ロボット兵の足元に気持ちよさそうに座っているのがノルシュテイン)。

 

番組の企画でお互いの似顔絵を描くことになった宮崎駿が、画用紙に描いたのがこの絵です。番組では、この鳥は「オウム」と呼ばれています(正確にいえば、ロシア人通訳が「オウムですね」と訊き、宮崎駿が「そうです」と答えています)。オウムがはさみをもっているのは、ノルシュテインがいつもはさみをもって、切り絵アニメーションを制作しているから。オウムが裸足なのは、ノルシュテインがジブリ美術館を裸足で歩いていたから。ではなぜオウムかといえば、ノルシュテインの「眼がとても印象的」だからのようです。オウムのまん丸の眼と似ているということでしょうが、答えになっているようないないような、微妙な線です。

 

興味深いことに、『君たちはどう生きるか』には、他にもノルシュテインを微妙に連想させるイメージが出てきます。アオサギです。ノルシュテインの監督作『アオサギとツル』(1974年)には、明らかに『となりのトトロ』(1988年)に影響を与えたと思われるシーンがあります。雨のなか、ツル(男)がアオサギ(女)に傘を差し出し、断られ置いて行くシーンは、カンタがサツキに傘を差し出し、断られ置いて行くあのシーンに酷似しています。

 

もっとも、『君たちはどう生きるか』のアオサギは、ノルシュテインのアオサギとはまったく似ていません。違いすぎている、とさえ言えます。しかし、おぼろげな連想が…はさみをもったオウムが包丁をもったインコに変容したような、不思議な感覚のなかで勝手に働きだす連想が、『君たちはどう生きるか』のアオサギの来し方にノルシュテインのイメージを醸成するのです。

 

さて、ノルシュテインとの対談で宮崎駿は、自分たちは商業主義のなかで映画を作っている、みずからのイメージを映像に定着させることのできるノルシュテインが羨ましい、と語っています。それに対しノルシュテインは、自分たちも商業主義と無縁ではない、と残念そうに語っています。いわば芸術至上主義的に「純粋」に映画を作るか、商業主義にまみれて「汚れて」映画を作るか、という話です。清濁併せ吞む、というのは宮崎駿が『風の谷のナウシカ』以来ずっと描きつづけてきたテーマですが、少し穿った見方をすれば、この対談では、彼が映画制作でもその思想を生きていると言っているようにも聞こえてきます。

 

清濁併せ吞む。『君たちはどう生きるか』で描かれているのは、まさに清濁併せ吞む覚悟だと思いました。悪意の燃え盛る世界で、糞にまみれてそれでも生きる、それでも朝を飛ぶ鳥のように生きるのだと。

 

7月15日追記

『君たちはどう生きるか』の英語版タイトルが "The Boy And The Heron" であると発表されました。直訳すると『少年と鷺』。 "Heron"は、作中のアオサギのことでしょうから、『少年とアオサギ』と訳すほうがいいと思います。

余談ですが、"Heron" は "Heroine"(ヒロイン)と "Heroin"(ヘロイン)に字面がよく似ており、『少年とヒロイン』・『少年とヘロイン』と読み間違えられそうなのがおもしろい。特に後者は、本作の特徴を思いがけず言い当てているような気もして、偶然の美、と心につぶやいてしまう。